日本人の心を映す和菓子の世界

新年を寿ぐ行事や慣習には、和の伝統が息づいています。
神仏への祈りや宮中行事、茶の湯などとともに発達してきた和菓子は、季節や行事との関わりが深く、日本の心や美意識を映す「食べる芸術品」と称えられています。
めでたくも清らかな和菓子とともに始まる一年は、季節を楽しみ心豊かな日々になるのではないでしょうか。
今回は地元で愛され続ける店舗を訪ね、和菓子の魅力や味へのこだわりなどについて伺いました。


菓子ごよみ


睦月 花びら餅


如月 節分

弥生 菜の花

卯月 桜

皐月  菖蒲 観世水


水無月 紫陽花

文月 山なみ 向日葵

葉月 朝顔

長月 栗きんとん

神無月 菊の香

霜月 紅葉

師走 万両


内に秘めた奥ゆかしさと無限の可能性


稲豊園 中田専太郎さん

 


左から 中田専太郎さん、
和子さん、佳来さん、大介さん



ねり切 「松」

1.ねり切餡をまとめて
下のこし器にかける


2.丸めた粒餡を芯に、
白と抹茶のねり切餡をまぶす


3.形を整える


4.できあがり

稲豊園 高山市朝日町

 「大切なものが豊かに実る場所」を意味する店名は、初代が開業した115年前から。
現店主の中田専太郎さんは三代目で、良質素材にこだわった伝統的な菓子作りを続けつつ、新しいアイデアも取り入れています。思わず手を伸ばしたくなるような、インパクトのあるお菓子にも挑戦しているのです。
 「数年前お客さまから、怪物をテーマにしたアートイベントの茶会用に、キャラクターの生菓子を作って欲しいとご依頼が入りました。
後日、 その茶会でお菓子に歓声が上がったと聞き、あ、いけそうだと思ったのです。それからはハロウィーンの時期に、ジャック・オー・ランタンやフランケンシュタイン、骸骨などをかたどった和菓子を登場させています」と中田さんは笑います。
 4年前、近所の路地に出没する野良猫たちに着想を得た、バラエティ豊かな「猫子まんじゅう」も、今や看板猫さながらに毎日店先に並んでいます。
 「茶会のお菓子は、昔からお客さまのご要望を承って作るものです。
小学校で和菓子教室を開いた時には、いろいろな皮やあんこを自由に組み合わせるおまんじゅう作りが好評で、何かできないかと考えていました。
その時、野良猫を見かけたのです。
これもきっかけはお客さまからいただいています。
また伝統を残すためには、和菓子を食べないような若い人にもおもしろがっていただけるようなものも提供し、まずは振り向いてもらい、味を知っていただくことが必要ではないでしょうか」と語ります。
 以前、欧州旅行で中田さんが菓子店を巡った時、大いに感銘を受けると同時に、和菓子のすばらしさをも再認識したそうです。
「洋菓子は外にデコレーションするものが多いのですが、和菓子は内に包むものが大半。
材料にしても、わらび粉や葛粉、つくね芋などは植物の根、寒天は海藻で海の中、小豆、白花豆、手亡豆などは鞘の中で、表に現れないものが多いのです。
内に秘め、たくわえた甘味が人々を魅了するのです。
また抹茶が海外で大ブレイクしていますが、植物性素材の和菓子は、健康志向にもマッチし、まだまだ伸びる可能性があるのではないでしょうか。
これからも未来へ続くように頑張ります」と笑いました。


伝統を大切に、高山の街とともに


巻葉屋 分隣堂 川上敏彦さん

 


左から 川上敏彦さん、富子さん、
浩佑さん

麦落雁(むぎらくがん)

1.木型に麦落雁の生地を
しっかりと詰めます


2.木型から落雁を網の上に抜きます

巻葉屋 分隣堂 高山市下二之町

 90年余、親子三代にわたってのれんが受け継がれてきた店は、古い町並に溶け込む風雅なたたずまい。
伝統の素材で純粋な和菓子を作ることを大切にしています。
「和菓子は、背景に豊かな和の文化があって、その中に存在するものです。
でも現代は、建物も祭りも行事も、和の伝統がどんどん失われています。
高山は和文化が魅力の町ですから、ここで残さないでどうするという気持ちで、昔からの菓子作りに精を出しています」と、三代目の川上敏彦さんは語ります。
 最近の原材料には日持ちやしっとり感を高めるものもありますが、「添加物など、よけいなものはできる限り使いたくありません。
その代わりに、よい材料で手間暇をかけます」ときっぱり。
昔ながらの材料は、ある程度限られていて、和菓子には砂糖と寒天と豆さえあればできるものも少なくないのです。
「シンプルでも、配合や工夫で、いろいろなものができるのがおもしろいですね。
ごまかしがきかないから、素材そのものの品質と職人の技量で出来上がりが違ってくるのです」。
 川上さんは、一般的には少量のつなぎを用いる和三盆(上等な砂糖)の成型も、つなぎなしで行います。
「頑張ってやってみたら、無くてもできたんです」と楽しそう。
初代から作り続けられている落雁にしても、「夏と冬では作る時の加減が違いますし、毎年気候が変わるので、いつも新鮮ですよ」と笑います。
 そんな三代目のもとで、息子の浩佑さんも4年前から和菓子作りを勉強中。
「私がお客さまに育てていただいたように、彼もここで皆さまに育てていただければ」と川上さんは目を細めます。
妻の富子さんは「店頭でいろいろな方とお話ができるように」と、日本文化の勉強にも励んでいます。
高山の古い町並で、昔ながらの和菓子作りを受け継ぐ親子の店は、時代に左右されない、伝統の結晶のような和菓子を、日々みずみずしい心で作り続けているのです。
また抹茶が海外で大ブレイクしていますが、植物性素材の和菓子は、健康志向にもマッチし、まだまだ伸びる可能性があるのではないでしょうか。
これからも未来へ続くように頑張ります」と笑いました。

季節の生菓子


春 よもぎ饅頭


夏 水羊羹

秋 栗きんとん

秋 栗よせ

冬 しあわせ

冬 薯蕷饅頭



お菓子でお客さまを笑顔にしたい


幸月本家 二村修さん

 


二村修さん、康臣さん、
恵子さん、利恵さん


慶事に使う昔ながらの木型

 


ねり切「梅」

1.ピンクのねり切餡を白の
ねり切餡で包みます


2.成形します

 


3.黄色のねり切餡をこし器にかけます

 


4.花芯を差してできあがり

幸月本家 下呂市幸田

 下呂駅近くにあり、地元客や観光客に親しまれている「幸月」。
店頭には創業者で店主の二村修さん作の和菓子と、息子の康臣さん作の洋菓子が並びます。
修さんは82歳。
和菓子屋になったのは、「戦争で甘いものが食べられずに育ったから」と言います。
名古屋で修行して故郷に戻り、東京オリンピックの年に開店。
「何でも一個10円ほどの時代」から54年が経ちました。
「盆・正月など人さまが休むときが忙しくってね」と笑います。 
 30?40年前まで、結婚式や仏事の引き出物には、鯛や鶴亀、蓮の花や葉などをかたどった落雁やまんじゅう、?切などが用いられ、運動会でも紅白まんじゅうが配られました。
和菓子は行事に付きもので身近でしたが、目新しい洋菓子人気に押され、あんこを食べない子どもも増えていきました。
康臣さんが洋菓子の道に進んだのは、「そんな時代だったから」だと言います。
店には20年ほど前から康臣さんの洋菓子が加わり、お客さまの要望にも巾広く応えられるようになりました。
 修さんは、開業時からずっと自分で小豆を炊き、餡をこねて、丁寧な手作り和菓子を提供してきましたが、つねづね「お客さまが喜ぶものを作りたい」と考える中で、新しいヒット作も生み出しました。「いちご大福を売り出したのは、岐阜県では一番早かったんじゃないかな。
東京にあると聞いたので作ってみたら、よく売れましたね」と声を弾ませます。
その後、生クリームとあんこを混ぜた「生クリームどら焼き」も売り出し、今では看板商品になっています。
 そんな父を、康臣さんは「素材の品質や手作りというベースは大事にしているけれど、ほかはこだわりがなかったから新しいものを作れたのかも」と考えます。
修さんは「お客さまに何が好まれるか、次を考えなきゃ」とさらに先を見据えます。
将来は未定ですが、康臣さんの息子さんは、現在、和菓子の勉強中。
康臣さんは「原点回帰で和菓子の時代が来る気もしますし、和洋の出会いで可能性が広がるのでは」と期待を込めています。




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