いよっ!待ってました

9月の始まりとともに、荘川地区では神社の例祭が順次行われます。
荘川神社、一色白山神社、黒谷白山神社、野々俣神社にはそれぞれ芝居小屋があり、例祭前夜に芝居を奉納するのが慣わし。
役者や裏方はもちろん、観客もほとんどが地元の人という村芝居は、荘川の秋を彩るノスタルジックで楽しい風物詩です。
各芝居小屋では、お盆が終わると地元有志が毎晩集まって準備や練習を重ね、もうすぐ本番。
今回は、年に一度の晴れ舞台に向かって奮闘する各地区の方々にお集まりいただき、それぞれの歩みや、村芝居の魅力について語っていただきました。


ご近所さんが侍や姫君に大変身!


▲荘川観光協会 
事務局長 三島実五郎さん


▲一色白山神社の芝居小屋
向かって左側に花道がある


▲芝居小屋の奈落(舞台下)に
ある楽屋。
天井には回り舞台装置がある。


▲一色白山神社
氏子の三島功さんと松浦啓司さん

 村芝居は、地芝居や田舎芝居とも言われ、芝居が歌舞伎であれば、村歌舞伎や地歌舞伎と呼ばれたりもします。
昔は、そんな村人による村人のための芸能が各地にありました。
現代は、芝居も歌も踊りも一握りのプロが創って見せ、一般大衆は、ほとんど受動的に楽しむ形になってしまいましたが、映画もテレビもなかった時代、地方では、芸能も自分たちでやって楽しんだのです。
普段は農作業などに明け暮れる普通の人たちが、晴れの日には侍や姫君や大悪党となって舞台で大活躍。
玄人顔負けの台詞回しや立ち回りなどを披露し、見物の人々を物語の世界へ誘いました。
声援や喝采、時には容赦ないヤジや突っ込みも飛び出す役者と観客の近さは、気心知れた村芝居ならではの醍醐味です。
 芸能が、現代よりも能動的で身近であったことを感じさせる村芝居が、荘川では今も受け継がれています。
それはいつ頃から、どのようして今に至っているのでしょうか?
 荘川観光協会の事務局長、三島実五郎さんは語ります。
「残念ながら、詳しいことはわかりません。
最も古い記録では、寺河戸地区に弘化3(1846)年の舞台の幕箱が残っています。
また、三尾河白山神社の舞台幕は嘉永6(1853)年のものですので、江戸末期には、すでに芝居が上演されていたと考えられます。
当時の芝居と言えば、やはり歌舞伎でしょう。
今、荘川で行われているのは、大衆演劇の時代劇で人情話が多いのですが、ルーツは歌舞伎だったはず。
その辺りの変遷もよくわかっていないのです。
ただ、私を含め、地元で生まれ育った人間は、子どもの頃から今のような村芝居を見ていました」。
かつては野々俣神社の奉納芝居で役者を務めていた三島さんは、「当時のお年寄りに、もっと昔の話をよく聞いておけば良かった」と残念がります。
 野々俣神社の芝居小屋は20年余り前に建て替えられた鉄骨造ですが、他の三箇所は年代物の木造建築。
なかでも一色白山神社の小屋は歴史があり、床下に手動の回り舞台装置を備えています。
記録では安永4(1775)年に拝殿が再営されており、小屋は、それ以降に建てられたもののよう。
各神社とも、境内には観覧用の場所が造られ、本番では花道も設置されます。
そんな舞台を一望できる上座は神殿。
一色白山神社の小屋で案内をしてくださった氏子の三島功さんと松浦啓司さんは、「神様に今年の出来を観ていただかなければ。
芝居は私たちも楽しみますが、神様へのお供えですから、頑張らないとね」と笑いました。

▲荘川町村芝居 各神社代表の皆さん 左から、三島実五郎さん、桜本優さん、三島富士夫さん、三島真二さん、
山前義明さん、福本和哉さん、森下和也さん 会場協力 /荘川温泉 桜香の湯


村芝居 立役者たちの座談会


本番間近、地域の力がひとつになる晴れ舞台



 

 

 

 

 

 

〜まずは、上演日順に、それぞれの芝居の概要や歩みを教えてください。
桜本 一番早い9月1日(土)の夜に上演するのは黒谷白山神社です。
村芝居のメンバーは15人くらいで、地域の若連中という集まりが中心になっています。
内容は見てのお楽しみですが、泣かせる芝居やかっこいい殺陣などをお見せできると思います。
山前 2日(日)夜は一色白山神社。
私たちのところは12人くらいでやっています。
若連中が村芝居をするのは、どこも同じで、その地区の青年団みたいなものです。10年間、芝居を中断していましたが、再開して3年目。
「水戸黄門」に時事ネタなどを織り交ぜて、おもしろおかしい話にするのが毎年の恒例です。
三島(富) 3日(月)夜は野々俣神社です。
私たちのところは13人くらいですが、年代が上がってきたので若連中という名が合わなくなって、もう大若連中(笑)。
 だから去年から有志と言っています。
野々俣も昔、人がいなくて芝居ができない時期がありましたが、ちょうど私たち、いわゆる団塊ジュニアから復活して、もう30年近く続けています。
森下 9月14日(金)夜は荘川神社。
今年は金曜なので、ありがたいです。
メンバーは15人くらい。
若連中は、各地域、おとなになると誘われるんですが、私が若い頃は半ば強制的に引っ張り込まれた感じで、芝居もやらされているうちに楽しくなってきました。
私自身は今、脚本や指導を担当する形で関わっています。若連中という呼び方は、まあ、気持ちが若ければいいんじゃないですか(笑)。
山前 昔は35歳が上限だったと聞きましたが、今は50代の人もいますし、巾広いですよね。
三島(真) 結婚したら若連中から抜けるという時代もあったらしいですよ。
三島(富) でも、今は若者が少ないから、ずっと(笑)。
復活した頃から、メンバーの顔ぶれがほとんど変わっていないんです。
福本 私は、妻が荘川出身だった縁で引っ越してきて、5年前に仲間入り。
今は若連中の頭取(リーダー)をやらせていただいています。
芝居のメンバーは、地元の人とは限らず、仕事で荘川に赴任してきた人や、長期間帰省している大学生を誘うこともあって、けっこう自由。
小中学校のALT(外国語指導助手)の外国人講師の方にも出演してもらったりします。
三島(富) 仕事の都合で練習や本番に来られない人もいるので、スケジュールに合わせて役をやりくりするなど、メンバーはけっこう流動的。
人数もアバウトなんです。
三島(実) 荘川の各神社の例祭は日付固定で、年によって曜日が異なってきます。
村芝居は神社に奉納するもので、供え物のひとつです。
神社で多少の違いはありますが、たいてい獅子舞、舞踊、芝居、アトラクションといった内容で行われ、芝居そのものの開始はおおよそ午後8時〜9時でしょう。


練習の日々も祭り大切なことは楽しむこと

〜仕事も忙しい中、毎晩集まって準備や練習をし、伝統を継続していくのは大変だと思いますが、その原動力は?
桜本 僕は村芝居をやりたくて荘川に戻ってきました。
子どもの頃に見た芝居のかっこよさや面白さに憧れて、おとなになったら、やろうと決めていたんです。
それで、子どもの頃に憧れた地元の先輩方に、じかに指導していただけてうれしかったです。
福本 わかります。
引っ越してくる前年に初めて村芝居を見たとき、ものすごくよくて本格的な芝居だったのでびっくりしました。素人芝居だろうと思っていた予想を完全に裏切られ、あんな舞台に出られたらいいなと思っちゃったんです。
山前 私も結婚して荘川に来た人間で、最初は友だちを増やすのにいいと思って若連中に入りました。
でも、4年経った時に一色白山神社は芝居奉納をやめたんです。
理由は人不足と、メンバー間で義務的にやらされている感覚が強くなったから。
楽しくないなら、この際まっさらにしようということで10年間中断していました。
再開したのは、他の神社の芝居を手伝ったりしていた若手数人が、やっぱり地元でやりたいと旗を振ってくれたからです。今は、楽しいですよ。
祭り前の3週間くらいは毎晩ずっと一緒にワイワイやって、仲間が家族みたいになります。
森下 練習が大変って思われるけれど、やっている人たちがおもしろがっていたら、大変じゃないんですよね。
山前 練習して、その後は飲みながら語って(笑)っていうのが楽しいです。
福本 地元の人たちが、いろいろ差し入れてくださるから、食べ物やつまみもいっぱいあるし(笑)。
コミュニティの力を感じます。
三島(真) 村芝居は、やる人にとっても見る人にとっても、昔から地域の大切なレジャーで、男女の出会いの場にもなってきたんです。
福本 あ、芝居の練習期間中に仲良くなって結婚された方もいます。
三島(富) そういうケースは、けっこうあると思います。
芝居には女性も参加しますからね。
女性が男役をやったり、男性が女形をやったり、いろいろ。
私自身は、親分役がすごく多いんです(笑)。
弟の真二は二枚目や女形ばかりなんですが…。
三島(真) まあ、芝居は練習の課程も含めて祭りなんです。
創り上げていくのがおもしろい。
だから本番は、いわば千秋楽みたいなものです。
森下 脚本・指導の立場としては、本番はハラハラです。
いったん幕が上がってしまったら、台詞を間違えようが何をしようが、役者の成すがままですからね。
しかし、まあ、出たとこ勝負のアクシデントも、村芝居の面白さなんでしょうね。
福本 演じる側としては、本番でどれだけ目立てるかが勝負なので、アドリブなんかも入れて笑いを取ったりしたいんですよ。
三島(富) でも、受けないときは落ち込むよね。
笑いが一番難しい。
山前 緊張するので度胸を付けようとお酒を飲んで、本番で酔っ払ってる人も(笑)。
三島(富) そうそう、酔っ払いの役が本当に酔っ払ってたとかね(笑)。

伝統とチャレンジを見せたい、伝えたい
〜自由で楽しそうな部分も多いようですが、基本は本格的なお芝居ですよね。
その基盤はどこから?

三島(実) 戦前のことはよくわからないのですが、戦後、荘川の村芝居をリードした師匠がふたりいます。
どちらも大衆演劇のプロの役者で、若い頃は各地を回って芝居をしていたそうです。
ひとりは野々俣の三島道之介(芸名)氏で、ここにいる富士夫さん・真二さん兄弟の父親ですね。
もうひとりは惣則の若草春太郎(芸名)氏。
この方たちが荘川の若連中の人たちに芝居を教え、物語の脚本も多数残しました。
森下 三島実五郎さんも私も、直接指導していただいて舞台に立った世代。
小さい頃から見てきた芝居は体に染みこんでいます。これからは、若い人たちに伝えていかねばと思っています。
三島(実) 野々俣神社の芝居は、決め台詞の台詞回しが歌舞伎調だったり、黒谷白山神社の芝居は派手さがあって殺陣の切れがよかったりと、神社ごとに個性があるんです。
見比べるとおもしろいかもしれません。
子どもを含め、たくさんの方に見ていただきたいです。
三島(富) 地元では、子どもも親の役が気になったりして、けっこう楽しんでいるようです。
彼らが次の時代を担ってくれたらいいですね。
三島(実) 黒谷白山神社の桜本さんや野平さんは、村芝居を今に引き継ぎ、多くの人にその魅力を発信しようと舞踊・芝居集団「座・舞踊道」を結成し、さまざまな場でパフォーマンスを披露しています。
そういう新しいムーブメントもうれしいですね。
桜本 ありがとうございます。
頑張ります。
森下 出演してくれたALTの外国人講師が、芝居のためにまた来てくれたり、母国で荘川の芝居を紹介してくれたりして、思いがけない広がりにびっくりしました。
福本 外国や他所の話したこともない人が集まり、芝居を作っていく中でひとつになっていく、その一体感は感動です。
三島(真) 芝居の見せ場では、会場がシーンと静まりかえって、観客とも一体になる感じですよ。
山前 見て楽しい、やって楽しい、そんな芝居を追求していきたいです。
もっと力を付けて本格的な人情芝居ができるよう努力します。
三島(実) みんな頑張っていますので、9月はぜひ荘川へ、村芝居を観にお越しください。
一同 お待ちしています!


▲森下和也さん(60歳)
40年目
担当/脚本
荘川神社



▲三島富士夫さん(49歳)
29年目
担当/役者(悪役)
野々俣神社



▲山前義明さん(44歳)
7年目
担当/役者(男役)・裏方
一色白山神社

▲三島真二さん(43歳)
23年目
担当/役者(三枚目以外すべて)
野々俣神社

▲福本和哉さん(38歳)
5年目
担当/若連中頭取 
荘川神社

▲野平拓馬さん(37歳)
15年目
担当/役者(男役)
黒谷白山神社

▲桜本優さん(37歳)
18年目
担当/若連中頭取
黒谷白山神社

荘川町 神社例祭前夜祭

9月01日(土)黒谷白山神社
9月02日(日)一色白山神社
9月03日(月)野々俣神社
9月14日(金)荘川神社

開演はいずれも19時頃(予定)

[問合せ]荘川観光協会 TEL.05769-2-2272

 



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