根尾昂選手 垣越建伸選手 感動をありがとう!

飛騨から贈るエール

今秋の飛騨は「地元から2人のプロ野球選手が誕生する」というニュースに歓声が上がりました。
高校球児の根尾昂選手と垣越建伸選手の中日ドラゴンズ入団が決まり、地元は祝賀ムードでいっぱい。
ともに同学年で、中学時代は日本少年野球連盟岐阜県支部所属の『飛騨高山ボーイズ』のチームメート。
それぞれ県外の高校に進み、甲子園に出場して注目を集めました。
今回は、かつて両選手の所属していた『飛騨高山ボーイズ』の、田中秀治代表と黒木博也ヘッドコーチにお話を伺いました。


両選手が巣立った飛騨高山ボーイズ


▲田中秀治代表(48歳)
高山市出身。
中山中学校野球部、県立岐阜商業高等学校野球部でピッチャーを務め、卒業後スポーツトレーニングを学ぶため、渡米。
帰国後、中京佐川急便社会人軟式野球で活躍するが、帰省して家業に従事。
以降、少年野球のコーチなどを経て、今年10月より飛騨高山ボーイズの代表。



 飛騨高山ボーイズは中学生の硬式野球チーム。
2011年に誕生し、連盟に承認されました。
現在は8年目で、中学生36名が在団し、15名ほどのスタッフが指導者などとしてチームを率いています。
関係者はすべてボランティアで、野球を愛する人たちや団員の父兄などが尽力。
代表の田中秀治さんは、「基本的な野球技術の向上と、高校で活躍できる選手の育成が指導目標ですが、現場で重点を置くのは、挨拶がしっかりできることや、規律を重んじる人としての基盤づくり。
感謝の気持ちを持って人と関わることです。
人間教育があってはじめて野球ができるようになるのですから」と語ります。
団員は飛騨各地から参加し、スタッフや指導者も仕事を持っているため、集まって活動できるのは土日と祝日のみ。
毎週末、9時から5時まで練習が行われています。
岐阜支部所属の20チームの中では18番目と後発ながら、2013年には岐阜県支部秋季大会で3位、2014年・2015年には日本少年野球選手権岐阜県支部予選で準優勝、2014年からは中日本選抜大会にも毎年連続出場を果たし、2015年には沢村栄治杯記念大会で優勝、ドラゴンズカップでベスト4など、輝かしい成績を上げています。
同団は1学年20人が定員で、今年も新1年生の受付を始めています。


飛躍を遂げた3年の年月


▲小学1年生


▲中学1年生の根尾昂選手

▲中学3年生の垣越建伸選手


▲中学3年生

 


▲中学3年生

 

 


 根尾選手と垣越選手が入団したのは、チームがスタートして3年目の2013年。
彼ら3期生の入団・成長と呼応するように、チームも強くなっていきました。
飛騨高山ボーイズ発足の年から多くの団員たちを指導してきたヘッドコーチの黒木博也さんは、入団当初の両選手を次のように語ります。
「アキラ(根尾選手)は身体能力が素晴らしくて際立っていました。
走るのが早いし、瞬発力があって力も強く、こんな中学生見たことないと感心しました。
ケンチン(垣越選手)は当時から大柄で目立っていました。
あまりトレーニングは好きではなかったけれど、彼はアキラのことが大好きで、いつも並んで走っていました。
2人はチームの中では一番仲がよかったんじゃないかな。
ケンチンはアキラからすごく影響を受けたと思います」。
 根尾選手は古川西クラブ(小学生軟式野球チーム)に入っていた6年生の時に、中日ドラゴンズジュニアのメンバーに選ばれて活躍。
飛騨高山ボーイズに入団した時から野球少年の間では、よく知られていました。
そんな根尾選手の存在とがんばりは、同期のメンバーやチームにとってよい刺激になったようです。
「3期生は当初、バラバラの印象だったんです。
それが、いつのまにかアキラを中心にまとまっていきましたね」と田中代表は振り返ります。
そして根尾選手は1年生の秋からレギュラーの一員になりました。
「栄養学の本を読んで、試合前などは食べ物に気を遣っていたみたい」と、黒木コーチも根尾選手の勉強家ぶりを称えます。
 全国中学校スキー大会男子回転競技でも優勝した根尾選手は、当時、冬の週末はスキー場、春〜秋の週末は野球場、さらに平日は中学の陸上部員として練習していました。
「スキーは体幹トレーニングにもなっていたはず。
でも、春、野球に復帰してしばらくは、調子を取り戻すのに苦労していたんじゃないかな。
彼は優秀である上に努力の人」と語る田中代表は、その頃、試合中に撮影した動画を根尾選手のところへ送っていたそう。
「スキーの練習と同じように、野球も動きを動画で確認して分析していたのでは」と指摘します。
 一方、「ラッキーボーイ」「何か持ってる」と、代表とコーチが口を揃えるのが垣越選手。
「中日本大会の第2試合で7イニングまでを無失点で投げきったときは圧巻でした。
昔の彼は、ムラがあったものの時々素晴らしいプレーをしたんです。
上背もあるし、サウスポーだし、できる資質はあったので高校野球で鍛えられたんでしょう」「本人も相当頑張ったと思います。
高校に行ってからの3年間の成長に目を見張りました」と賞賛します。


未来に輝く野球少年の夢

 


黒木博也ヘッドコーチ(38歳)
高山市出身。

宮中学校野球部時代はピッチャー、岐阜第一高等学校野球部では主将を務め、主にキャッチャーとして活躍。
卒業後、地元に戻り、高山市役所で勤務。
余暇の時間を生かして、地元少年野球チームのコーチなどを経て、2011年より飛騨高山ボーイズでコーチを務める。


 根尾選手と垣越選手が入団したのは、チームがスタートして3年目の2013年。
彼ら3期生の入団・成長と呼応するように、チームも強くなっていきました。
飛騨高山ボーイズ発足の年から多くの団員たちを指導してきたヘッドコーチの黒木博也さんは、入団当初の両選手を次のように語ります。
「アキラ(根尾選手)は身体能力が素晴らしくて際立っていました。
走るのが早いし、瞬発力があって力も強く、こんな中学生見たことないと感心しました。
ケンチン(垣越選手)は当時から大柄で目立っていました。
あまりトレーニングは好きではなかったけれど、彼はアキラのことが大好きで、いつも並んで走っていました。
2人はチームの中では一番仲がよかったんじゃないかな。
ケンチンはアキラからすごく影響を受けたと思います」。
 根尾選手は古川西クラブ(小学生軟式野球チーム)に入っていた6年生の時に、中日ドラゴンズジュニアのメンバーに選ばれて活躍。
飛騨高山ボーイズに入団した時から野球少年の間では、よく知られていました。
そんな根尾選手の存在とがんばりは、同期のメンバーやチームにとってよい刺激になったようです。

「3期生は当初、バラバラの印象だったんです。
それが、いつのまにかアキラを中心にまとまっていきましたね」と田中代表は振り返ります。
そして根尾選手は1年生の秋からレギュラーの一員になりました。
「栄養学の本を読んで、試合前などは食べ物に気を遣っていたみたい」と、黒木コーチも根尾選手の勉強家ぶりを称えます。
 全国中学校スキー大会男子回転競技でも優勝した根尾選手は、当時、冬の週末はスキー場、春〜秋の週末は野球場、さらに平日は中学の陸上部員として練習していました。
「スキーは体幹トレーニングにもなっていたはず。
でも、春、野球に復帰してしばらくは、調子を取り戻すのに苦労していたんじゃないかな。
彼は優秀である上に努力の人」と語る田中代表は、その頃、試合中に撮影した動画を根尾選手のところへ送っていたそう。
「スキーの練習と同じように、野球も動きを動画で確認して分析していたのでは」と指摘します。
 一方、「ラッキーボーイ」「何か持ってる」と、代表とコーチが口を揃えるのが垣越選手。
「中日本大会の第2試合で7イニングまでを無失点で投げきったときは圧巻でした。
昔の彼は、ムラがあったものの時々素晴らしいプレーをしたんです。
上背もあるし、サウスポーだし、できる資質はあったので高校野球で鍛えられたんでしょう」「本人も相当頑張ったと思います。
高校に行ってからの3年間の成長に目を見張りました」と賞賛します。


友情は永遠に! 夢に羽ばたく仲間たち
元チームメートからのメッセージ
現在、それぞれの進路でがんばる元飛騨高山ボーイズのチーム メートの皆さんに、これからの夢についてお話しいただきました!

 

西川薬師さん(岐阜県立岐阜商業高等学校3年)

 

小学時代からバッテリーを組んだ根尾昂と甲子園で戦いたいと思い県岐阜商高に入学。
甲子園出場の夢は叶わず、高校時代はとても悔しい思いをしました。
大学では、高校で学んだ経済の知識と野球技術の向上を目指します。
将来は日本経済をより豊かにできる人材になりたいです。
プロに入った2人とは違うかたちで活躍します!


永田悠河さん(帝京大学可児高等学校3年)

 

帝京可児高校では野球部と勉強、文武両道に励みました。
高校まで野球を続けることができて本当によかったです。
両親には感謝しています。
初めての寮生活は不安もありましたが、寮生たちとは仲良く楽しく過ごせました。
現在、大学進学を目指し勉強を頑張っています。
将来の夢は楽しく幸せに生きること!

牧 威吹さん(関市立関商工高等学校3年)

 

私は関市立関商工高等学校に在学しています。
卒業後は、内定をいただいている鉄道会社に就職する予定です。
そのため、プロや大学で野球をする仲間とは違う道になりますが、仲間が大きな舞台で活躍するのを見るのが一つの夢でもあります。
ナゴヤドームの近くに住み、2人の試合へたくさん応援に行きたいです。

川上巧真さん(岐阜県立斐太高等学校3年)

 

斐太高校では野球部に所属して頑張っていました。
現在は国公立大学進学に向け、勉強一本で頑張っています。
将来は経済学部か外国語学部に進学しそこから世界と関わり、日本と世界をつなげる手助けができる仕事をしたいと思っています。

高松健太郎さん(岐阜県立岐阜商業高等学校3年)

 

県岐阜商高でのクラスが高度な資格取得を目標とするクラスだったため、野球だけやればいいという環境ではありませんでした。
その中で時間を効率的に使い、野球と勉強を両立してきました。
また、中学生時代のチームメートの活躍に刺激を受け、野球を一生懸命やってきました。
今後は大学に進学し、将来、高校で学んできた会計の知識を使い、海外で働きたいと考えています。

中森龍太郎さん(岐阜県立飛騨高山高等学校3年)

 

飛騨高山高校野球部で1学年上の兄と一緒に活動していました。
先日、県外の会社に硬式野球をやっていたことを評価され、内定をいただきました。
地元での勤務で会社に野球部があるので入部し、頑張りたいと思っています。

田中 秀明さん(星稜高等学校3年)

"全国の大舞台で観ている人を興奮させるような野球がしたい"と思い、星稜高校に入学。
しかし、甲子園の土を踏むもプレーできず悔しい思いをしました。
今後は、語学力と野球技術の向上を目指し、アメリカの大学に進学する予定です。
プロ野球に入った2人に追いつくため、先ずは全米大学No.1を目指し、応援していただいている方々に恩返しをしたいです!

佐藤海心さん(星稜高等学校3年)

 

レベルの高い高校で野球がしたいと思い、星稜高校に入学させていただきました。
同校では甲子園のマウンドで投げることができ、よい経験をさせていただきました。
今後は、大学野球でさらに自分のレベルを上げていきたいと思います。
両親への感謝の気持ちを忘れずに、取り組んでいきたいと思います。

釜屋幸平さん(岐阜市立岐阜商業高等学校3年)

中学3年間が一番中身の濃い楽しい時期でした。
市岐阜商高校で野球をしている時も、ボーイズ時代の仲間たちから刺激を受け、自分も頑張ろうと野球を続けることができました。
プロに行く2人に負けないような人生を送って、逆境になっても強く乗り越えたいです。
ボーイズで出会った仲間を一生大切にしていきます。

西村海輝さん(帝京大学可児高等学校3年)

帝京可児高校では怪我で長い間、野球ができなくなりましたが、それでも諦めず、最後までやり遂げました。
今後は福祉系の大学に入り4年間しっかりと勉強して多くの資格を取り、飛騨で福祉の仕事に就きたいと思っています。
また、父(現コーチ)のように後輩たちに野球の楽しさを教えてあげられるような指導者として、飛騨高山ボーイズに戻ってきます!



杉山功起さん(岐阜県立飛騨高山高等学校3年)

飛騨高山ボーイズで野球は終えましたが、高校に入ってからはビリヤードに専念し高校2年で全日本学生チャンピオン。
今年は全日本ジュニアチャンピオンとなり、日本代表としてアジア大会と世界ジュニア選手権大会に出場しました。
卒業後はプロ選手を目指し関東へ修行に行きます!
目標はプロビリヤードの世界チャンピオンです!

飛騨高山ボーイズ
【Facebook】 www.facebook.com/hidatakayamaboys/ 
【website】 www.netto.jp/hidatakayamaboys/
新規入団員募集 TEL 080-1568-3323(代表:田中)


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